No. 177 二十四節気 冬編

今日は二十四節気の「立冬」です。「冬」は万物が冷ゆ(ひゆ)る季節と言われ、『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明されています。Thanksgiving Day が来たら、あっという間にクリスマスがやってきて、2010年のお正月も目前に。近年の1年の速さといったら驚くべきスピードで、なんとなく気ぜわしく感じる今日この頃です。

立冬 (りっとう) 11月8日頃〜11月22日頃 冬の気配が感じられ、紅葉する木樹も多くなり、空気が乾き、空が青く澄む。

小雪 (しょうせつ) 11月23日頃〜12月6日頃 寒くなって雨が雪となり、高い山に初雪が降り、白く輝く。朝、息が白くなる。

大雪 (たいせつ) 12月7日頃〜12月21日頃 平地でも霜が降り、雪がいよいよ降りつもり、すっかり冬景色となる。枯葉が木枯らしに舞う。

冬至 (とうじ) 12月22日頃〜1月5日頃 太陽が最も低くなり、昼が一年中で一番短くなり、夜が最も長くなる。

小寒 (しょうかん) 1月6日頃〜1月19日頃 寒の入りで、寒気が増し、寒さは次第に厳しくなり、北国では連日雪が降る。

大寒 (だいかん) 1月20日頃〜2月3日頃 冷気が極まり、最も寒さが募る頃。大雪が降り、氷が張り詰める。

柚子湯

冬至には、柚子湯に入って無病息災を祈ります。冬至の読みは「とうじ」、湯につかって病を治す「湯治(とうじ)」にかけています。更に「柚(ゆず)」も「融通(ゆうずう)が利(き)きますように」という願いが込められているそうです。5月5日に「菖蒲(しょうぶ)湯」に入るのも、「(我が子が)勝負強くなりますように」という、ゆず湯と同じ「願かけ」なのだそうです。日本語って素敵ですね。


枯葉舞い 思い出がふと 息をする

No 176 温故知新

温故知新(おんこちしん)とは、昔や最初に学んだことをもう一度調べ直したり、考えたり、新たに習ったりして、新しい道理や知識を見つけだし、そうして自分のものとすることを言います。古きを尋ね求め、新しき事柄を知る。「温」は、尋ね求めるを意味しますが、他の一説には、冷たいものを温め直し味わう、という意味もあるそうです。とても素敵な言葉ですね。「故ふるきを温たずねて新あたらしきを知しる」または「故ふるきを温あたためて新あたらしきを知しる」と訓読するのだそうです。

「道」のつく修行の過程には、「守・破・離」という言葉があります。

「守」とは、師や各流派の教えを忠実に守り、それからはずれることのないように精進して身につけよ、という意味で、「破」とは、今まで学んで身につけた教えから一歩進めて他流の教え、技を取り入れることを心がけ、師から教えられたものにこだわらず、さらに心と技を発展させよ、という意味で、「離」とは、破からさらに修行して、守にとらわれず破も意識せず、新しい世界を拓き、独自のものを生みだせ、という意味です。

私は氣功を、故平野清久宗家から習いました。(2009年10月1日死去) それを今までは氣功の生徒さん達に、忠実に伝授してきたつもりですが、宗家がお亡くなりになられて、今、私は「破」に進もうとしています。他の氣功の先生のお教えや呼吸法、イメージ療法やメンタルトレーニング、それらも精進して習って行こうという気持ちで今は心の中をリセットしています。

「守・破・離」は単に武道の世界だけの教えではなく、学問にも経営にも技術にも、すべてにあてはまるのです。師に教えられて師に止まっていては発展はありません。

師をしのぎ、伝統を越え、親を超越して、より高い次元に発展成長してこそ文明の進歩があるのだということに、「日本刀精神と抜刀道」を読み、習いました。

古きを尋ね

宗家、時々宗家を思い出しながら、私は次へと進んでいきます。時々違った道へ進んでしまうかもしれませんが、迷った時には必ず宗家の精神へ戻ってきます。だから宗家、道に外れぬよう、ずっと私を見守っていて下さいね。

遠くあり 宗家の教え 近くあり

No.175 後悔のない人生を送るために

緩和医療医の大津秀一先生がお書きになられた『死ぬときに後悔すること 25』をご存知ですか?【緩和医療(かんわいりょう)とは、治療を目的とした医療ではなく、痛みを和らげることを目標とした医療のこと】 人は人生の最期を前に、どのようなことに後悔するのでしょうか。

第一章 健康・医療編 1、健康を大切にしなかったこと 2、たばこを止めなかったこと 3、生前の意志を示さなかったこと 4、治療の意味を見失ってしまったこと

第二章 心理編 5、自分のやりたいことをやらなかったこと 6、夢をかなえられなかったこと 7、悪事に手を染めたこと 8、感情に振り回された一生を過ごしたこと 9、他人に優しくしなかったこと 10、自分が一番と信じて疑わなかったこと

第三章 社会・生活編 11、遺産をどうするかを決めなかったこと 12、自分の葬儀を考えなかったこと 13、故郷に帰らなかったこと 14、美味しいものを食べておかなかったこと 15、仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと 16、行きたい場所に旅行しなかったこと

第四章 人間編 17、会いたい人に会っておかなかったこと 18、記憶に残る恋愛をしなかったこと19、結婚をしなかったこと 20、子供を育てなかったこと 21、子供を結婚させなかったこと

第五章 宗教・哲学編 22、自分の生きた証を残さなかったこと 23、生と死の問題を乗り越えられなかったこと 24、神仏の教えを知らなかったこと

第六章 最終編 25、愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと

死を意識して生きる

中でも一番多いのが、「あの人に会っておけばよかった。」という後悔だそうです。悔いを残さない日々を、大切な人と一緒に、ときめきとありがとうの気持ちを持って、明日に夢を見、今日を大事に生きていきたいと思ったのでした。


言いましょう 愛する人に ありがとう

No.174 永眠

10月1日、午前6時、Japan International Karate / Ki Center の、平野清久宗家が永眠されました。冷たい病室の中で誰にも看取られることなく、たった一人で寝ている間に心肺停止し亡くなられたそうです。

早朝のエクササイズが好きな私は、その時間プールで泳いでいました。家に帰ると宗家の長女から、宗家が死去されたとの留守番電話が入っていて驚いて病院へ向かいました。

宗家は苦しんだ様子もなく、とても安らかなお顔で静かに眠っておられるようでした。「宗家」と言って宗家の腕に触れるとまだ温かく、「宗家、起きて下さい。」と何度か宗家の体を叩いて言いましたが、返事はありませんでした。

私は1994年に東京からハワイに移住して以来、ヒーリングに興味を持ち、催眠療法やマッサージ、リフレクスソロジーや整体、アロマセラピーやカウンセリングなど、いろいろと習ってきましたが、肝心な何かが足りない、いったいそれはなんなのだろう、と沢山の本も読みました。そしてふと気が付いたのです。「氣がすべてを左右するのでは」と。人は求めるとキャッチするものですね。その時偶然、宗家にお会いできたのです。空手の先生で、東洋医学博士で、中国氣功医師免許も持っておられた宗家と。

いろんな事を教えて頂きました。一番の教えは、「陰の中には陽があり、陽の中には陰が潜んでいる。悪いことと思うようなことにも、必ずいいことが潜んでいる、辛い時には気付かないだけ。その精神が氣功の真髄だよ。」と。

仲秋の名月

今日の夕暮れマカプウにハイキングに行き、海から登る仲秋の名月を拝みに行ってきました。とっても幻想的で美しい満月でした。宗家、今頃どこにいるのですか?すっかりと淋しい秋となりました。長い闘病生活、お疲れ様でしたね。時々でいいから私を見に帰って来て下さい。 さようならは言わないでおきます。ありがとう、宗家。

ありがとう ありがとう宗家 心から

No.173 未熟なだけだよ

今日は土曜日。朝7時半からマジックアイランドで氣功エクササイズをしてきました。シニアライフ協会のボランティアで、年齢を問わず誰もが参加でき、参加費は無料です。(お問い合わせ 428−5808)

帰る道でピンクのお洋服がよくお似合いのHさんとお話をしていました。Hさんはお母様がお亡くなりになられた時のお話を私に聞かせて下さいました。とてもよいお話で、要点を箇条書きにしますと

* いくら意識のない病人さんの前でも、ネガティブなことは決して言わない。病人さんには、ちゃんと聞こえているからね。
* 一生懸命看病をした人ほど、亡くなられた後、後悔するもの。看病をしていなかった人は、後悔も大してしないものよ。
* 病人さんの前では泣いてはいけない。傍にいて、ありがとう、ありがとうって言って、希望が湧いてくるお話をしてあげること。笑顔でね。

こんな素晴らしいお話を、美しいマジックアイランドで海を見ながら聞かせて頂けた私は、なんて幸せなんでしょう。

氣功の後、闘病中の氣功の先生の入院先へお見舞いに行くと、先生がとても苦しそうになさってる姿を見て、やっぱり私はベットの傍で泣いてしまいました。「宗家、大丈夫ですか?」「しょうこ、また泣いているのかい?」私はHさんに教わった、『病人さんの前では泣いてはいけない。笑っていること。』を思い出し、「宗家、ごめんなさい。私、どんなに氣功をやっても、ダメです。ダメで弱虫な人間です。」言葉に詰まりました。宗家は苦しそうで目も開けずにでしたが、「しょうこ、しょうこはダメなんかじゃないんだよ。ただね、まだちょっと未熟なだけだよ。」そう言って下さったのでした。 

時間

本当に未熟者です、私は。時には限りがあるものだと今になって気付き、お別れの時を心してもっと時間を大切にしていればよかったのに、私は今まで何をしてきたのだろうと、思っているのです。

さようならの 前にもう一度 時あれば